まず、勝つ楽しさを
日本知育玩具協会・知育玩具マイスター/認定講師の船越智子です。
娘が数年レベルで、地道に楽しんでいる遊びがこれ。
そう、囲碁です。
特に教室に通うとかいったことをしてはおらず、囲碁の初心者向けの本を見るなどしてマイペースでやっていますので、9路盤(縦横9本の盤面)で終局までやれるようになったくらいです。勝つこともあれば負けることもある程度には、その時その時ムラのある棋力です。
お父さんに白番を担ってもらいましたが、今回は娘が大敗の模様。ちょっとしょげていました。
また別の日に、私とやろうと約束を取り付けてきました。私は快諾しました。
私とやろうという時は、大抵はお父さんとの勝負で負けたときです。負けて悔しくて泣きまくるという事は流石になくなってきた娘ですが、心の中ではやっぱり、勝ちたいのですよね。
私は大抵、娘とのゲームは私が負けるように打っています。理由はとてもシンプルで、ゲームというのはそもそも「勝つことが楽しいからする」ものだからです。子どもにはその楽しいところを、存分に感じてもらいたいのです。
勝てないと泣き叫ぶようなワガママになる?そんなことはありません。
勝ち負けをコントロールしてはくれない相手は世の中にはいくらでもいますから、親がそんな心配をすることはないのです。例えばお友達…では、泣いたり叫んだり怒ったりしたら、次からは遊んでもらえなくなるかもしれません。だから、悔しくても気持ちの行き場がないこともありますし、幼稚園や学校などの"社会"では、我慢すら求められることもあります。
親は、そういった相手に子どもが負けたとき、その行き場のない悔しい気持ちを受け止めることさえすればいいのです。子どもの心を支える、これだけでいいのです。
親との遊びの中では、まずはその遊びの楽しみそのものを十分に感じてもらう、このことに徹してあげてほしいです。子どもの遊びを楽しく守って・見守ってあげてほしいです。
さて、そうはいっても…
一目瞭然にわかるような、明らかに投げるような試合はしません。私は、ゲームの中で一生懸命、"程良い悪手"を考えて打つのです。ギリギリで娘が勝てるにはどうしたらよいかと考えるのです。なかなか頭が働くゲームで、これはこれでやり甲斐あります。
時に、善手を娘が見出してくれることもあり、そんな時は、娘の成長を感じ、心の中でひとり喜びに浸ります。逆に程良い悪手のつもりが、娘に勝ってしまった…というときも実はあります。そんな時は、まだまだ私の修行が足りないな、なんて思うのです。
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